西アフリカのエボラウイルス病はどうやらやっと完全制圧に成功した模様で、現在は新たな患者の発症などの報告は出てこなくなっていますが、エボラウイルスの性質の解明を目指した臨床試験では、非常に気がかりな情報が出ています。

男性エボラ治癒者の場合、体液にエボラウイルスのRNAが500日を超えて残留するケースが存在する事が確認されたのです。 
今回の報告は、2014年にエボラウイルス病を罹患し、治癒したギニアの男性についてのものです。

男性は「血液中にエボラウイルスがみられなくなった」事で、2014年にエボラウイルス病の治癒者になりましたが、その後に性感染症としてのエボラウイルス病の流行の源になっています。

そのギニアのエボラ治癒男性を疾患の源として生じたエボラウイルスの感染鎖からは、少なくとも10人の患者が発生し、そのうちの8人が死亡している事が公式に確認されています。


非常に長いエボラウイルスの残留期間

これまでもエボラウイルス病がコンドームなどの防護措置を用いないナイトライフの結果として、「性感染症」として感染を拡大した事例は複数確認されてはいましたが、今回報告された事例では男性治癒者の精液から「治癒から531日」の時点で、エボラウイルスのRNAが検出されました。

もちろん「エボラウイルスのRNA検出」はそのまま「感染性を持つエボラウイルスの存在」ではありませんが、過去に報告されている精液からのエボラウイルスRNAの発見事例のどれよりも、この男性では長い時間が経過しています。


現在のエボラウイルス病についての知見では、10ヶ月から1年程度で体液中のエボラウイルスは見られなくなるという事だったのですが、研究者達は一部の治癒者では今回発見された事例のように、一年を優に超える長さでエボラウイルスが残存するという事は珍しくはないのかもしれない、と危惧しています。

それは「大量のエボラ感染者が出て、たくさんのエボラ治癒者が残された」西アフリカでのエボラ大規模流行の影響が、治癒者の身体でのエボラウイルスの残存という形をとって現在も「人間の世界」にまだ残っていておかしくない、という事を意味します。


N’Zérékoré

今回の非常に長期間のエボラウイルス残留が確認された男性は、ギニアの ンゼレコレ(N’Zérékoré)に住んでいます。 ンゼレコレは、2014年に西アフリカで起きたエボラウイルス病の大規模流行で、初期に患者が多数報告されたギニアの森林地域です。

森林地域の村の2歳の男児が、食虫コウモリがねぐらにしていた中空の木に潜り込んで遊んだ結果、コウモリの糞からエボラウイルスに感染した可能性がある、という事がエボラウイルス病の源を探す中で報告されていました。

ですから、最初は確かに「野生生物から人間へ」という経路で、エボラウイルスは人間の世界へと入り込んできたのです。でも、その後の大規模流行は全て「人間から人間へ」という経路で、感染が広がっていっています。エボラウイルスを広げたのは「人間」だったのです。

もちろん、ギニア、リベリア、シエラレオネというエボラウイルス病の大規模流行に見舞われた西アフリカ三国では、「人間から人間へ」というエボラ感染の鎖を断ち切る為に、感染源にさかのぼってエボラウイルスを封じ込める対策がとられました。

ですが、その調査の過程で「感染源が見つからない」ケースが複数残っていたのだそうです。もちろんエボラウイルスの遺伝子検査の結果は、それらの「感染源不明」という状況が、新たに野生生物から人間の世界に入り込んだエボラウイルスによって引き起こされたものでは無い、という事を示していました。

・・・ では、ウイルスはどんな経緯で被害者に感染したのだろうか?

その答えが、今回のエボラ治癒者での長期的なウイルス残存だった、という報告でした。


「超長期」の禁欲?

実際には、疫学者達は「感染源不明」というエボラケースを流行が収まってからも追跡し続けていました。そして、ギニアで発生していた感染源不明というエボラ事例が、実際にはンゼレコレでエボラウイルス病を罹患した後に治癒した一人の男性患者に源を持っていた事を突き止めたのです。

このエボラ治癒者の男性は、今回のエボラウイルス病の流行での最後の集団感染ケースになった「ギニアとリベリアでの集団感染」の際に出てきています。そうです。あのリベリアから病気の夫の所にやってきてエボラウイルスに感染し、3人の子供のうちの2人がエボラウイルス病を発症した女性の「夫」です。

疫学者達は、エボラ治癒者男性と女性とのナイトライフによってエボラウイルスがリベリアにも感染を広げたこの事例で、実際に感染の可能性が存在している状況が有ったのは男性が治癒した時点から470日後だった、という事を指摘しています。

もちろんエボラ治癒者の男性達には、治癒後に精巣に居座っているエボラウイルスが新たな感染を引き起こす可能性が説明され、コンドームを使用した安全なナイトライフが推奨されているのですが、それがどのくらいの期間必要なのかがまだ確実に言える段階になりというのがやっかいな事実です。

このギニアの男性も、実際に医学的なアドバイスに基づいて「8か月間の禁欲」を実行していたのです。ですからこのケースはむやみに他者を危険にさらしたというものではないと考えられます。

そして再感染が起きた時点で、男性は治癒から既に470日が経過していました。1年を遥かに超えています。さすがに1年を超えてエボラウイスへの心配を持ち続ける、というのは難しそうです。どう対処すべきなのか ・・・


恐らく非常にまれなケース

今回の西アフリカのエボラウイルス病の流行では、どこでだれからエボラウイルスに感染したのかが解明されていないケースが現時点でもまだ複数残されているのですが、研究者達はそれらもこの事例と同様の「超長期のエボラウイルスの残存」が引き起こしたものである可能性が高い、と推測しています。

ただし、既にギニアで行われたエボラ治癒者達を対象にした研究の結果報告が示している様に、超長期のエボラウイルス残留が疑われた今回のケースは恐らく非常にまれなケースなのだろうと考えられます。

また前述したように、エボラウイルスのRNAの検出は必ずしも感染を生じさせる活性を持つウイルスの存在を意味しません。むやみにエボラ治癒者を避ける、行動を制限するというのはむしろ人権侵害という側面で問題です。

それでもエボラ再感染リスクをより低くする為にとれる手段についての検証は必要です。


エボラ治癒者の場合、一定期間後に精密な検査が必要なのかどうか、また身体からのエボラウイルスの除去に有効な薬物を特定しそれを使用すべきだのかどうか ・・・ 「性感染症」として感染を広げるエボラウイルスはやっかいなウイルスであるという話です。



エボラウイルス病は、野生の生物が持っているエボラウイルスが、なんらかの形で人間に感染して広がる「人獣共通感染症」として考えられてきました。ですが、エボラウイルスが長期間人間の身体にとどまる状況が存在する場合、それは野生動物を起点とする感染症ではなく、人間を起点として広がる感染症という事でも有りうるのです。

実際にAIDSという非常に過酷な免疫崩壊をもたらすHIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、当初は人獣共通感染症として人間の世界に入り込んできましたが、その後に主に性行為によって感染を広げる人間の感染症としてたくさんの人達に広がってしまいました。

エボラウイルスもHIVと同様に「患者の体液との直接接触」でしか広がらない「感染性の低い」ウイルスではあるのですが、対処をしっかりしておかないと性感染症として被害が拡大してしまう懸念があるわけです。本当にやっかいです。