英国は、エボラウイルス病(エボラ出血熱)の大規模な流行に見舞われたシエラレオネの宗主国でした。その為エボラウイルス病の流行によって非常に悲惨な状況に陥ったシエラレオネに対する支援を行っています。

また、同様に大規模な流行に襲われたリベリアでは建国を支援した米国が、エボラウイルス病が最初に発生した国であるギニアでは宗主国であったフランスが、それぞれ援助の主力を担いました。




WHOによる「エボラ緊急事態宣言」が出されたのは2014年の8月8日の事でしたが、それから2年が経過した今、BBCなど各国の報道機関が現在のエボラ被災国が「次のエボラウイルス病の発生」に対応できる状態に達しているかどうかなどについて検証しています。

シエラレオネと同様にエボラウイル病が猛威を振るったリベリアの経験と共に、現状を振り返ってみましょう。


2014年の大規模流行はなぜ起きたのか?

まず、ちょっと地域事情のおさらいから。シエラレオネでエボラウイルスの侵入を許したのが「抜け道だらけの国境」である事を思い出してください。

西アフリカに限らず、植民地として宗主国である欧州の国々によって支配されていた地域は「宗主国側の都合」で国境線が引かれています。分り易いのは砂漠地域が直線で人為的に区切られている中東諸国ですが、エボラウイルス病が流行した西アフリカでも「国境によって生活圏が分断されている」、という状況が多く生じているのです。

その為、国境に関係なく「生活道路」が多数作られ、隣国の身内達との日常的な交流が生じている、というのはまれな事ではありません。エボラウイルス病は、そういった日常的な行き来に便乗して、ギニアからリベリア、シエラレオネへと感染を広げてゆきました。


医療体制の未整備

エボラウイルス病が流行する以前から、西アフリカの医療状況が劣悪であることは知られていました。地域の医療従事者の数は非常に少なく、例えば医師は10万人に対して1人から2人という人数しか存在していませんでした。日本ではその数が230人を超えていますので、それがどれだけ少ないのかがよくわかります。

そういった状況ですから「病院」が見つかるのは都会、もしくは政府によって整備された国立病院などの施設という事になります。地方都市の場合、小規模な診療所が有れば幸いだという状態なのです。また医師の診察を受ける為に数日歩く、という地域が存在しています。

また「病院」そのものに対する信頼も低く、特にエボラウイルス病では専門の治療施設での死亡率も高かったことから(もちろん未治療の状態よりは生存率は高くなる)、一部では治療施設への襲撃なども起きています。

そういった状況下で地域で頼られているのは「ヒーラー」と呼ばれる民間療法士ですが、これらの人達は医療知識によってではなく経験則によって「治療」」を行う人達です。伝統的な手法、祈祷、薬草の使用などによって「病気を治療する」という事を生業にしていますが、残念ながらエボラウイルス病はそういった伝統的な手法では制御できない類の疾患でした。


もちろん、エボラウイルス病の流行に対処する為に世界各国から支援が届いた結果、西アフリカの医療の現状は「これまでで最高の状況」に改善されているのですが、エボラウイルス病という疾患の流行で、もともと非常に少なかった医療従事者は更に減少してしまいました。

もちろん知識と経験とを必要とする医師や看護師、検査技師などが短期間で充足できるわけではありません。そういった部分が改善されるには、長い時間が必要になります。

また、確かに「万が一のエボラウイルス病の流行」に迅速に対応できる体制は作られたのですが、他の疾患例えばマラリアをはじめとした感染症の多発や妊産婦死亡率の高さなどの数字を見ると、医療体制の整備はまだ道半ばというところだそうです。


流行の大規模化と軍隊の派遣

西アフリカのエボラウイルス病の流行では、その流行規模が通常の感染防御活動ではとうてい太刀打ちできない規模に膨れ上がってしまった為に、軍隊の派遣が行われています。

まずシエラレオネに英国軍が派遣され、リベリアには米国軍が、ギニアにはフランス軍が派遣されました。西アフリカでのエボラ対応は、地域の道路の整備などの基本的なインフラ構築から始めなければならない様な、非常に困難を伴うものだったからです。


軍隊は自立行動が可能な組織であり、自分達の為の移動式医療施設も備えています。また、大規模な人員配置・物資輸送などのノウハウも持ち、必要とあればそれを実現する為のインフラを自ら構築できる技術者や作業要員(兵士)も抱えています。その為、大規模な災害が生じた初期対応時に軍が出動することはまれではありません。

また軍隊が疾患対応に駆り出されることは、多くはありませんが緊急時にはまれに存在します。例えば米国はメキシコを震源地とした2009年の新型インフルエンザ(H1N1)の流行時に、メキシコとの国境沿いの州に迅速にタミフルと軍隊を派遣するので、落ち着くようにという大統領声明を出しています。

日本でも、自衛隊が近年の最大規模の災害となった東日本大震災などの様な大規模災害の際に活躍する事は既に広く知られるところとなっていますが、西アフリカで発生したエボラウイルス病は、各国の軍隊の対応を必要とする規模の「大規模災害」だった、という事が理解できます。
 
なお、ここから学ぶべき事は「軍隊を必要としない規模に流行を抑え込む初期対応」の重要性です。軍隊に疾患対応を行わせるというのは、既に前段階の保健医療の枠組みでの対応が失敗している事を意味するのですから。


社会インフラの未整備と新技術による補助

これは前項の「軍隊が疾患対応で必要とされた」状況の一部でもあります。そして社会インフラの一部である医療施設や、そこでサービスを提供する医療従事者が絶対的に不足しているという条件より以前に、西アフリカ地域では「基本的な社会インフラ」の整備が遅れているのです。

例えば「清潔な水」は、まだまだ広く国民に行き渡っているとは言い難い資源ですし、当然ながら「衛生的なトイレ」や「汚水を安全に処理する為の下水道」の整備もまだ途上です。

地域には、「ボートで川をさかのぼり、密林の中を数日歩き、つり橋を渡ってたどり着く」様な村が点在しています。当然ながら医療施設は存在せず、「清潔な水」や「電気」が安心して使用できる生活環境はありません。


現在はそういった社会資本部分への投資が徐々に進んでいるところですが、特に「太陽光パネル」の設置による電力の供給は、これまで無電化地域であった僻地の村に「夜の明かり」と「情報を獲得する為のテレビ・ラジオ」、また「薬品を保存しておく為の冷蔵庫」などを与える事になっているそうです。

また、携帯電話の存在は大きな力になりそうだ、という指摘もあります。実際にエボラウイルス病の流行時に「エボラ患者との接触可能性者」を追跡する作業では、GPSがついている解体電話が大きな力を発揮したそうです。

スマートフォンと呼ばれる世代の携帯電話は、要するに「携帯できるミニコンピューター」なので、機器を使って行える作業も大幅に増加しますし、エボラウイルス病の治療を担当している病棟で使用できる「耐エボラタブレット」が新たに開発されたのも記憶に新しいところです。衛星通信が可能なパラボラを使える移動式の研究室も作成されました。

もちろん、基礎的な社会インフラの整備は生重要事項なのですが、技術の進歩が社会インフラの不備を補える部分が存在している、という事も忘れてはいけません。技術は人を助けられる可能性を持つのです。


人獣共通感染症への対応の難しさ

最後に、エボラウイルス病は「人獣共通感染症」と呼ばれるグループの疾患です。これは野生生物の間で流行するウイルスが人間にも感染する力を持っている事を意味する呼び名です。

こういった疾患は、いつ・どこで・誰が疾患に感染するのかを予測するのが非常に難しく、感染防御が難しいという特徴を持っています。

エボラウイルス病の場合にも疾患を引き起こすエボラウイルス病は「野生生物(食虫コウモリがウイルスを媒介している可能性が強く示唆されている)」がウイルスを人間の世界に持ち込んでいるとされていますが、希に生じるそのような感染を完全に防ぐことは難しいと考えられます。

現状では、「エボラ患者の治療に際して高いリスクを持つと考えられる医療従事者達」や「埋葬従事者達」に対するエボラワクチン接種というのが現実的な解だろうと考えられますが、同時に「感染して発症した患者の救命率を高める為の治療薬の開発」も欠かせません。

ワクチンは現在、複数の種類が開発中ですが、人間での生存率を劇的に改善する薬剤についての報告はまだありません。恐らく抗ウイルス薬と抗体医薬の組み合わせになるのでしょうが、良い結果が得られているという報告を待ちたいと思います。



参考記事
WHO:エボラ緊急事態宣言から一年


Is Sierra Leone ready for the next epidemic?
BBC 8 August 2016

Time Aug. 8, 2016