理化学研究所が、遺伝子組み換えによって「毒のないジャガイモ」を作り出す事に成功した事が報じられています。毎年の様に報じられる「家庭科のじゃがいも料理で食中毒」という事例が無くなるかもしれません。


毒のないジャガイモ
-さらに萌芽を制御できる可能性の発見-

要旨
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター統合メタボロミクス研究グループの梅基直行上級研究員、斉藤和季グループディレクター、大阪大学大学院の村中俊哉教授、神戸大学大学院の水谷正治准教授らの共同研究グループは、ジャガイモに含まれる有毒物質であるソラニンなどの「ステロイドグリコアルカロイド(SGA)」の生合成に関わる遺伝子「PGA1」と「PGA2」を同定し、これらの遺伝子発現を抑制するとSGAを作らなくなるとともに、ジャガイモの萌芽を制御できる可能性を発見しました。(後略)

2016年7月26日
理化学研究所
大阪大学
神戸大学 
http://www.riken.jp/pr/press/2016/20160726_2/


「毒」は身を守る為の武器

ジャガイモの「芽」と呼ばれる部分や、光に当たって緑色に変化したジャガイモの表面などには「ソラニン」や「チャコニン」など、「ステロイドグリコアルカロイド(SGA)」と呼ばれる有毒物質が蓄積されます。

これはジャガイモが「自分が増える為に蓄えた芋の栄養」を動物に勝手に食べられてしまう事を防ぐ為に、自己防衛機能として毒が作られているという話です。栗の実がいがぐりと呼ばれるとげとげの殻の中に納まっていたり、トウガラシが激烈な辛味を持っていたりするのと同じ、といえます。

ジャガイモも、自分のお芋(芋から芽が出て増えてゆく)を食べられないようにするために毒素を作り出しているのですが、その毒素はジャガイモ「食用作物」として栽培し、せっせと食べている私達人間にとっても危険なもので、実際にジャガイモでの食中毒の原因にもなっているのです。


ジャガイモに毒を作らせないぞ!

そういったわけで、人間は「食べ物」として価値が高いジャガイモが身を守る為に作っている毒を取り除こうという研究を進めてきました。

これまでに、ジャガイモで有毒物質が作り出される経路(何を材料にして、どんなふうに毒がつくられているのか)についての研究は既に行われていて、ジャガイモの細胞で有毒物質を作り出す際に働いていた「PGA1」と「PGA2」という遺伝子の発現(機能が実際に現れる事)を抑制すると、有毒物質の量が非常に少なくなるという事が発見されています。

そして研究者達は次の段階として、それらの遺伝子が働かない様にした遺伝子組み換えジャガイモと野生のジャガイモで成長を比較したところ、実はジャガイモの「芋」が作り出しているSGAは、ジャガイモという植物の成長には不要な物質だった、という事も明らかにしていました。

これはとても大切な発見でした。ジャガイモの毒が、なんらかの理由でジャガイモの成長に必要なものだったら、毒の無いジャガイモは「育たない・育ち方が悪い」低収量のジャガイモを意味する事になるからです。

幸いなことに、ジャガイモが作り出す毒素はジャガイモの成長とは無関係で、やはり「せっかく作った芋が自分が増えてゆく為にではなく、他のものの餌になる事を防ぐ」為の防衛機能として作られたものだった、という事がわかりました。


特定の遺伝子を操作すると毒が少なくなる

今回は更に進んだ段階として、PGA1とPGA2というジャガイモの毒(SGA)を作り出している両方の遺伝子が働かない様に、発現を抑える遺伝子組み換えをしたジャガイモを作り出して、成長がどうなるのかを確認しました。

そして、ジャガイモの成長にはSGAの有無が関係していない事が「確認」されています。

つまり、毒を作り出さない様にしたジャガイモの成長は、今までの毒を作り出すジャガイモと同じだったのです。これで食中毒という事を心配しなくて済む品種の「元」が出来たという事になります。

次の段階は、現在多く食用にされているジャガイモと置き換える事が出来る「安全なジャガイモの品種」を育成する事、になるのです。


ジャガイモは人間が食べる為の作物なので、毒が無い・少ないというのは嬉しい性質ですが、やはり「美味しい」という特徴が必要なので、次の段階は「美味しい」品種でなおかつ有毒物質が作られないジャガイモの育種が目指されるという事です。


ジャガイモの芽が出ない?

しかも、この毒の無いジャガイモにはボーナスポイントがついていました。

収穫したこの毒なしジャガイモは「土に植えない限り、芽が出ない」のです。


現在のジャガイモは、「休眠状態」という一定期間を経過すると芽が出てしまいます。そのため、電子線をあてて発芽を抑制した形で使われていますが、今回の遺伝子組み換え品種は「暗所で4℃」で保存しても「暗所で20℃」で保存しても芽が出なかったのだそうです。

それは加工用に貯蔵しているジャガイモが芽を出してどんどんダメになってゆく、という心配をなくしてくれる性質です。

今回の成果は、PGA1やPGA2遺伝子を標的としたゲノム編集などによる遺伝子破壊の手法を利用することで、SGA含量を低く抑え、かつ萌芽を制御できるジャガイモの育種が可能となると期待できます。

とても有用なジャガイモが育種できる可能性があります。次の段階の「おいしくて保存が楽にできる新しいジャガイモ」に期待したいと思います。

なお、置いておいても芽が出ないこのジャガイモは「4℃で3年間保存した後で土に植えると芽を出す」、そうです。現在のどのジャガイモももっていない性質で、種イモの貯蔵などにも非常に有用な性質だと考えられます。まだ仕組みの解明が出来ていないそうですが、今後の研究によってきっとその機序も解明される事でしょう。

今後は「遺伝子編集」という言葉に反応して、一部の消費者団体からおかしな言説が出てくる可能性がありますが、遺伝子編集は放射線などを当ててランダムに遺伝子変異を起こさせて育種する手法よりもむしろ安全なのです。そういった部分の知識が普及し、優れた品種が多く育てられる事を希望したいと思います。



日本ではどういうわけかジャガイモを「透明なビニール袋」に入れて販売します。田舎では普通に光を通さない紙袋にいれて保存するのですが、流通過程で光を浴びてしまって、緑色の皮がビニール袋ごしに見えていては台無しです。

でも今回の研究で作り出されたジャガイモでは、「透明な袋に入れたジャガイモの皮が緑色になる」という部分は変わりませんが、毒性物質がたまるのは大幅に削減できる模様です。

ジャガイモは米ほどではありませんが、とても有用な食用植物です。研究の進展が待ち遠しいな、と思っています。将来的に芽が出たり皮が緑色になったりして「毒物」になり、無駄に廃棄されるジャガイモが大幅に削減できる事になりますから。


それから。通常の植物と同じでジャガイモも呼吸をしながら生きています。ですから普通のジャガイモの家庭での長期保存はお勧めしません。なまものですので、台所に放り出しておかないでちゃんと消費してくださいね。