先日、「マウスのALSの進行が抗てんかん薬で抑制できた」という記事で、ほかの疾患の為に開発された薬物が、本来はターゲットでは無かった疾患の治療薬として有効性が期待できる、という事が報告された事を説明しましたが、今度は白血病の為の薬が「レビー小体型認知症・パーキンソン病」の治療で効果を発揮するかもしれない、という報告が出ています。


白血病の治療薬

Journal of Parkinson's Diseaseに発表された今回の報告では、白血病の治療薬として既にFDAから承認を得ている白血病の為の治療薬である「ニロチニブ(nilotinib)」の投与によって、パーキンソン病の患者では脳内のドーパミンが作り出される状態が復元され、また、レビー小体型認知症の患者では毒性を持ったたんぱく質(これが認知症を引き起こす一因)を減らす事が確認された、と発表されています。

「ニロチニブ」はアベルソンチロシンキナーゼ阻害剤(Ablの-TKI)という種類の、分子標的薬と呼ばれるタイプの治療薬です。この薬は、チロシンキナーゼという酵素の働きを妨害します。

白血病の治療での投与の場合、「癌細胞を破壊するためにオートファジーを誘導する」のですが、脳が自分自身を守る為に備えている「血液脳関門」と呼ばれる関所を通り抜ける事が知られていました。


初期段階での結果

今回のパイロット臨床研究の対象者は12人で、症状が比較的重いパーキンソン病患者とレビー小体型認知症の患者に対して、白血病の治療に用いられるよりも低い用量で「ニロチニブ」の投与が行われています。

具体的な量は、白血病治療の場合が「一日600〜800 mg」であるのに対して、今回のパイロット試験では「一日150ミリグラムもしくは300mg」の「ニロチニブ」が半年連続して投与されたそうです。

そして、同じ時期に被験者達が受けている「ドーパミン補充療法」での投与量が減少していたにも関わらず、結果は「思いがけない改善」だった、と研究者達は報告しています。パーキンソン病の患者では運動能力が改善し、レビー小体型認知症では認知機能が改善していたのです。

特に症状が進んでいたパーキンソン病の患者達では、投与期間の終わりに当たる24週が経過した時点で、全員が運動能力の改善を見せていた、と報告されました。


もちろんこの様な初期段階の試験では、被験者たちに対する厳重な管理が行われているのですが、実際にドーパミンが脳内で作り出されている事を証明する代謝物が確認されていたり、脳神経が死滅している状態を示す酸化ストレスマーカーが半減したりした事が確認されています。


大規模な臨床試験を!

今回研究者達は、「もしより大規模な臨床試験で有効性が確認された場合、「ニロチニブ」は「レボドパ」という、脳内に入ってドパミンへ変化しパーキンソン病の震えや筋肉のこわばりなどを改善する薬以来のホープになりそうだ、とコメントしています。

また、レビー小体型認知症には現時点で治療薬が存在しないので、この薬が治療効果を発揮できれば、初めて得られたレビー小体型認知症の治療薬、という事になるそうです。

研究者達は、12人の段階での結果は多人数に投与した場合の状態を反映するかどうか判定ができない、と考えて言います。もちろん、低用量の「ニロチニブ」投与では被験者達に深刻な副反応は現れていませんが、より大きな母集団で結果を確認する必要があるそうです。


もちろん、プラセボ(偽薬)を用いた二重盲検が望ましい、とされています。既にパーキンソン病の治療法の研究に資金を提供している財団が臨床試験への資金援助の為の検討を始めているそうですので、早い時期に臨床試験が開始されるかもしれません。


パーキンソン病とレビー小体型認知症

パーキンソン病は、脳から出ている「運動の指令」が筋肉にうまく伝わら無い為に、なめらかな動作ができなくなってしまう病気ですが、この疾患は脳でドーパミンという物質を作り出している神経細胞が減ってしまう事によって発生している、と考えられています。

レビー小体型認知症は、脳の内部で毒性のあるたんぱく質が作り出されて「レビー小体」と呼ばれる塊を作り出します。その結果として脳の神経細胞が破壊されて認知症が発症します。幻覚・パーキンソン症状など特徴で認知症の20%程度がこのタイプだとされています。

レビー小体型認知症では、「オートファジー (Autophagy)」と呼ばれる、細胞が持っているタンパク質の再利用機構、自食と呼ばれる作用に問題が生じているのではないか、という事も言われています。