「ミューズ細胞」はギリシア神話の女神(Muse:ミューズ)から名前をもらった細胞です。

その細胞は私達の身体の細胞の中に、ほんの少し含まれています。1つの細胞が増える能力は低いのですが、多能性幹細胞と呼ばれる種類の細胞です。


ミューズ細胞は、細胞が増え、しかもいろいろな細胞に姿を変えられる細胞として「多能性幹細胞細胞」というグループに属しています。

その細胞は、「いろいろな細胞に姿を変える」という能力を持つので、「ミューズ細胞」を使って、損なわれた身体の機能を取り戻す」、という事を目指した研究が進められています。


あまり増えないミューズ細胞

「多能性幹細胞細胞」というグループの中には、「ES細胞」と呼ばれる人間の受精卵から作り出される細胞や、日本の山中先生が作り出した「人工多能性幹細胞(iPS)」などが属しています。

ES細胞やiPS細胞が高い増殖能力を持っているのに対して、ミューズ細胞はいろいろな細胞に変身できるという特徴は同じなのですが、実はあまりたくさんには増えません。

でも「なんだ・・・ 増えないんじゃ治療にならない」、と思うのはちょっと早合点です。実際には、大量に増殖して癌化したりする事の方が、医療で使うためには怖い事なのですから。

ミューズ細胞は、あまりふえない代わりに、がん細胞になる危険性がほとんどなく、安全に使用できる幹細胞として注目されているのです。


脳梗塞ラットが回復した

今回の話は、東北大大学院医学系研究科の出澤真理教授と冨永悌二教授のグループが、人間の皮膚の細胞から作成したミューズ細胞を、脳梗塞を起こしたラットの頭に直接移植した結果、ラットの運動機能が回復した、という事を報告したものです。


東北大学プレスリリース
Muse細胞がもたらす医療革新
 ‐動物モデルにおいて脳梗塞で失われた機能の回復に成功‐
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20151005_02web.pdf


今回の動物実験では、ラットの頭蓋骨に穴をあけて、脳梗塞を起こさせた部位に細いチューブでミューズ細胞を直接注入しています。もう一度確認しますが、脳に注入されたのは、「皮膚から見つけたミューズ細胞」そのもので、脳神経になるようにする処理(前処理といわれる)は行われていません。

乱暴な言い方をすれば、皮膚に隠れているミューズ細胞を取り出して、ちょっと増やして、そのまま脳梗塞を起こした場所に送り込んだだけ、です。


そして、ラットの脳に注入された皮膚由来のミューズ細胞は、ラットの脳に生着(無事に細胞として活動している状態)して、そこで自発的に脳神経に変わって移植された大脳皮質から脊髄まで新たに神経をのばして回路を再形成し、脳卒中を起こしたラットの機能を回復させた、という事が報告されました。

ミューズは、その名の通り「万能性を発揮して」脳神経に自発的に姿を変え、実際に自ら治療を行ったのです。


医療としての安全性は高そうだ

脳梗塞で失われたラットの運動・知覚機能は実際に回復し、それは約3ヶ月後も維持されていたそうです。ミューズ細胞は人間の身体内に存在する多能性細胞で、増殖能力もあまり高くないので、もともと腫瘍を形成するという懸念は高くなかったのですが、実際のラットへの移植でも腫瘍の形成はありませんでした。

さらに、ミューズ細胞は治療を必要とする場所に送り込むと、自発的に必要とされる機能を発現しています。

医療として考えた場合、「治療を必要とする人のミューズ細胞を見つけ出して少し増やして、そのまま本人の治療が必要な場所に送り込むと、能力を発揮して自主的に脳神経に変化する」、という非常に有用な状態という事です。

NEDO機能代替プロジェクトにとりあげられた「ミューズ細胞の移植による脳梗塞治療」は、2018年度から初期の臨床試験が開始されます。



多くの人が利用できる医療技術に育ってほしい、と切に望みます。それは、多くの人を再び日常に戻す事ができる、本当に素晴らしい技術になる可能性をもつのですから。