今ランセット・感染症(The Lancet Infectious Diseases journal)に報告が出ました。

今年の初めから3月にかけて、英国ではシエラレオネに展開していたエボラ支援の人達にエボラウイルス病の発症事例が発生していたのですが、針刺し事故や、エボラ患者との接触などで「健康観察」の対象になり、英国に帰国した人達がファビピラビル・アビガンの予防投与を受け、発症が防げた可能性がある、とされています。


予防投与

報告されているのは、ロンドンにあるロイヤルフリー病院(Royal Free Hospital )に緊急搬送された8人の英国の医療従事者達についての事例です。うちわけは、「針刺し事故」が4人、その他の感染リスクが4人です。

「針刺し事故」での感染リスクが高い事は良く知られています。針刺し事故が危険を意味するのはエボラウイルスに限りませんが、「患者の疾患の原因になっているウイルスが含まれている血液が、使用済みの針から自分の体内に入り込んだ」、という危険性が非常に高い状況が死亡率が高いエボラウイルスで生じた場合、非常に深刻なのです。



ロイヤルフリー病院では、針刺し事故が発生した4人に対して、「暴露後予防措置(post-exposure prophylaxis :PEP)」として、富士フイルム・グループの企業である富山化学工業が抗インフルエンザ治療薬として開発し、現在「エボラ疾患の治療の為の候補薬」として臨床試験が行われている抗ウイルス薬「ファビピラビル(favipiravir)・アビガン」の投与が行われました。

またこの暴露後予防措置では、人工抗体医薬である「ZMapp」の投与もランダムに行われています。

/* このZMapp投与での扱いは、ギニアでのワクチン試験で行われたランダム化の状況と同じだと考えられます。未発症者だから可能という部分が有るように『思われます。

その反対側として、既にエボラ疾患を発症しているエボラ患者の治療では、臨床試験形式での使用で要求される「ランダム」という要素を排除する為に、中国製の模造品である「MIL77」が使用されたのかもしれません。*/

参考記事:MIL 77はZMappのコピー品?

参考記事:イタリア人看護師の薬はアビガンとMIL77

参考記事:英国のエボラ患者 無事治癒


発症者無し

ロイヤルフリー病院では、暴露後予防措置が必要ないと判断された4人を含めて、8人全員がエボラウイルス病の症状を発症せずに、健康観察期間の21日を終了した、と報告されています。

健康観察期間中に、血液中のエボラウイルスが検出可能なレベルに達した人はいませんでした。また、抗ウイルス薬や抗体医薬の投与で忍容性に関する問題は生じず、重篤な有害事象も報告されていません。

こういう報告を読むと、「抗ウイルス薬・ファビピラビルの投与を受けた人達で、エボラ発症者が出なかった!」、と喜びたいところですが、実はそう簡単にはいきません。


ファビピラビルの有効性は断言できない

・・・ これらの事例でファビピラビルの投与を受けた「針刺し事故」による健康観察対象者達は、実はエボラウイルスが身体には入り込んでいなかった、かもしれないからです。実際に「エボラ患者の血液で汚染された針」は自分に刺していますが、ウイルスが入り込んだのかどうかは、不明です。

実際に、「針刺し事故」での緊急帰国・健康観察という事例は米国でも複数報告されていますが、幸いなことに実際の発症者の報告はありませんでした。そういう事実があるのです。

その為、事例報告を行ったMichael Jacobs博士は、「曝露後予防措置によって、エボラウイルス病の発症を防げるのかどうかを断言はできない。」、とコメントしています。


でも。彼は次の言葉を付け加えました。
「しかし、針刺し事故によって英国本国に送還された医療労働者達のうちの2人は、エボラウイルス病の患者の新鮮な血液が含まれていた針を、自らに刺していました。それはエボラウイルス感染のリスクが非常に高い状況です。

だから、それをどう判断するかという話ですが、念の為付け加えると、英国ではエボラ疾患を発症後に英国本土に緊急搬送された英国軍の衛生兵の治療に際しては、当初からファビピラビル・アビガンを投与し、ZMappの中国製模造品である「MIL77」と呼ばれる抗体医薬も投与しています。


ワクチンに光は見えたが ・・・

最近になって、ギニアで行われていた「VSV-ZEBOV」と呼ばれるエボラワクチンの臨床第三相試験で、非常に有望、100%エボラウイルス病の発症を阻止した、という報告が出ています。

もちろんこういった結果を受けて、エボラ患者に対応する医療従事者達にはワクチンの接種が必須のものと認識される事になりますが、それでも万が一に備えて「暴露後予防措置」によるさらなるウイルスからの保護は求められるそうです。


西アフリカでのエボラウイルス病の流行では、既に「トンネルの終わり」が見えてきていますが、エボラ出血熱が「野生生物から人間に感染が生じる人獣共通感染症」という種類の疾患なので、それが人間の世界から消えたとしても、再びどこかで姿を現す危険性は無くならないのです。

治療の為の手段がない状態で、エボラ患者の治療に対応した多くの医師や看護師が、西アフリカでのエボラ流行で命を落としました。感染者は「880人」、死者は「512人」です。治療をする側が倒れた時、患者には希望はありません。

報告者であるJacobs博士は、エボラ出血熱についても、他の疾患と同様に「エボラウイルス曝露後の感染リスクとリスク管理に関する標準化ガイドライン」が開発され、それが早期に採用されるべきだ、と提言しています。


論文情報
Post-exposure prophylaxis against Ebola virus disease with experimental antiviral agents
DOI:http://dx.doi.org/10.1016/S1473-3099(15)00228-5
オンライン公開日:2015年8月25日
http://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(15)00228-5/fulltext

PDF版:http://www.thelancet.com/pdfs/journals/laninf/PIIS1473-3099(15)00228-5.pdf




家庭内感染の予防

この話が医療従事者達以外でも重要なのは、もし「エボラウイルスが少数の段階からファビピラビル・アビガンの服用を開始した場合には、エボラウイルス病の発症を防げる」という状況が有る場合、エボラ患者が出た状況で、家族などへの予防投与が可能になるからです。

もちろん既に「ワクチン接種により7日後からは新たなエボラ発症者が出なかった」、という力強い報告はあるのですが、これは逆に「7日目までのエボラ発症は防げない」、というワクチンによる免疫活性化の限界も示しています。

以前にランセット誌で発表された話で、「エボラ患者の出た地域で、エボラウイルスに感染している可能性がある人達に対して、発症前の段階でファビピラビル・アビガンを投与する」、という提案が出ていたのは、この危険な空白域を埋める手立てが「ウイルスの増殖を抑える」抗ウイルス薬によって可能かもしれない、という部分の話です。

参考記事:エボラ出血熱でのファビピラビルの予防投与


さて、ギニアの臨床試験の結果報告はまだ出ていません。どうなっているのでしょう ・・・