昨日、記事を紹介したら隣から弾が飛んできて大量にPDFを食べさせられました。医療記事として紹介するなら、これまでの話も追加しろ、とのお言葉です。学会のPDFは不味いので嫌いですが、紹介します。

以下は、一年ほど前の記事になります。
公益法人の文章ですので、全文紹介。
文章の下にあるのは直前に記載した引用部分の概要。
PDFにはもちろん種々の図表と腫瘍マウスの写真があります。
見たければ自分でダウンロードしてください。



血小板凝集因子ポドプラニンの分子生物学的解析と抗体医薬開発
2013年 4月
生化学 第85巻 第4号p261
(公益社団法人 日本生化学会)
http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/06/85-04-05.pdf

1. はじめに
がん細胞の血行性転移において,がん細胞による血小板凝集が認められることが古くから報告されている.がん細胞は血管に侵入すると,宿主の免疫系による攻撃を受け,また物理的衝撃により即座に破壊されるため,わずかながん細胞しか生き残れない.しかし,血小板凝集を引き起こすことにより,これらの過程から守られると考えられている.また,血小板凝集はがん細胞の血管内皮細胞への接着を促し,さらに増殖因子を放出することにより,がん細胞の局所的な増殖を引き起こす.がん細胞と血小板の凝集塊が毛細血管に詰まることも,血行性転移の促進に寄与している.このように,がん細胞による血小板凝集が転移形成に重要であることが示唆されていたが,近年我々は,がん細胞膜上に発現している血小板凝集因子ポドプラニンがその重要な因子であることを発見した.本稿では,ポドプラニンの機能部位解析から新規抗体医薬の開発に至るまで,我々の一連の研究成果について概説する

がん細胞の血行性転移(血管を経由したがんの転移)では、がん細胞が血小板凝集を引き起こす事によって免疫系の攻撃を逃れていると考えられているが、その現象で重要な役割を果たしているのが「がん細胞膜上に発現している血小板凝集因子ポドプラニン」。



2. ポドプラニンの機能部位解析
2003年,我々は,がん細胞上の血小板凝集因子ポドプラニン(別名:Aggrus/T1alpha)の遺伝子クローニングに成功した1).他の研究グループにより,腎臓の podocyte(たこ足細胞)でポドプラニンが発見されたことからその名前が付けられ,特異的なリンパ管マーカーとしても使用されている.ポドプラニンは C 末端に膜貫通部位を有した型膜貫通型タンパク質である(図1A).興味深いことに,ヒトポドプラニンはマウスポドプラニンと約39% のホモロジーにも関わらず,マウスの血小板凝集を引き起こし,逆に,マウスポドプラニンはヒトの血小板凝集を引き起こす(図1B,C).マウスポドプラニンに対する中和抗体(8F11)のエピトープ解析,および詳細な変異実験により,EDxxVTPG という配列(PLAG domain)のトレオニン(Thr)がポドプラニンによる血小板凝集の活性中心であり,種を超えて保存されていることが明らかとなった2).この発見を契機に,ヒトポドプラニンに対する抗体医薬開発が急速に進んだ.

マウスとヒトという異種の生物で「ポドプラニン」は相互に血小板凝集を引き起こす。この現象の追及によってポドプラニンによる血小板凝集の活性中心がEDxxVTPG という配列(PLAG domain)のトレオニン(Thr)だ、という事が発見された。この発見が抗体医薬開発を加速した。


3. ポドプラニンの糖鎖構造解析
ポドプラニンはその分子量の約半分が O 型糖鎖であり,その活性に重要であることが示唆されていた.まず,糖鎖合成不全の変異 CHO 細胞株(Lec1,Lec2,Lec8)を用いることにより,PLAG domain の Thr に付加されている O結合型糖鎖のシアル酸が血小板凝集の活性中心であることがわかった3).

ポドプラニンの糖鎖構造解析がどのように進められてきたのか、という事の説明。糖鎖は「とうさ」と読む。いろいろな種類の糖がグリコシド結合という結びつき方でつながっている、一群の化合物につけられた名称。この話で出てきているのは「細胞表面に存在している糖鎖で、細胞接着、抗原抗体反応、ウィルスの感染などの細胞のコミュニケーションで重要な役割を果たしている。今回の話題に関連するのは抗原抗体反応?

今回作成されたのが、「ポドプラニンのペプチドとがん細胞に特有の糖鎖の両方を認識する抗体(片方だけの正常細胞には無反応なので無害)」


(承前)次に,質量分析計を用いてポドプラニンの糖鎖構造を解析した結果,ポドプラニンは m/z1257の糖鎖を持つことがわかった(図2A)4).さらに,m/z1257のMS/MS 解析を行った結果,ポドプラニンにはdisialyl-core 1構造が付加されていた(図2B).一方,ポドプラニンを Asp-N で処理し,PLAG domain を含む糖ペプチド(Ala23-Glu57)を分離したところ,disialyl-core1構造が1か所のみ付加されていた.レクチンマイクロアレイを用いた解析によっても,同様の結果が示唆された4,5).

すなわち,ポドプラニンはsialo-mucin結合レクチンであるMaackia amurensis hemaggluti-ninn(MAH)やWheat germ agglutinin(WGA)に反応したが,core1結合レクチンであるpeanut agglutinin(PNA)やBauhinia purpurea lectin(BPL)には反応しなかった.

また,ポドプラニンをシアリダーゼ処理することにより,core1結合レクチンのシグナルが見られ,sialo-mucin 結合レクチンのシグナルが消失した.core1上のシアル酸の有無に関わらず結合する Agaricus bisporus agglutinin(ABA),Amaranthus caudatus agglutinin(ACA),Maclura pomifera agglutinin(MPA),Jaccalin には,予想通りポドプラニンシアリダーゼ処理の有無に関わらず反応した.

ポドプラニンの特徴についての学術的な解説部分。


(承前)ヒトポドプラニンの PLAG domain には,O 結合型糖鎖部位が4か所ある.そこで,Edman 分解法によりペドシークエンスを行った結果,Thr52のみに糖鎖が付されていることが示唆された(図2C).以上の詳細な解により,ヒトポドプラニンによる血小板凝集の活性中心,PLAG domain の Thr52に付加された disialyl-core1構であることが明らかとなった.前述した PLAG domain発見とともに,この一連の糖鎖構造解析の結果が,ポドに対する抗体医薬開発を確実に前進させた.

解析を進めていったところ、ヒトポドプラニンによる血小板凝集の活性中心であるPLAG domain の Thr52に糖鎖が付け加えられていた事が解った。血小板凝集で重要な役割を担っている「EDxxVTPG という配列(PLAG domain)」と、「Thr52に付け加えられている O 型糖鎖」が特定された事で、抗体医薬の開発が確実に前進した。


4. ポドプラニンに対する抗体医薬開発
前述の通り,ポドプラニンは主にリンパ管マーカーとして利用されている(D2-40抗体が有名)が,悪性脳腫瘍,肺扁平上皮がん,悪性中皮腫,精巣腫瘍などに高発現していることを我々は報告してきた8~11).特に,脳腫瘍の中でも星細胞系腫瘍(astrocytic tumor)においては,悪性度と相関してポドプラニンが発現しており,腫瘍マーカーとしても有用である10).

ポドプラニンが高発現しているヒト腫瘍は,どれも有効な治療法が見つかっていないものばかりであり,ポドプラニンに対する抗体医薬開発はとても重要な課題である.しかも,ポドプラニンはリンパ管内皮細胞,腎や肺の上皮細胞などの正常細胞にも発現していることから,腫瘍選択性の高いモノクローナル抗体の開発を目指す必要がある.

ポドプラニンが高発現しているヒト腫瘍は,どれも有効な治療法が見つかっていないものばかりだ。「がん細胞膜上に発現している血小板凝集因子ポドプラニン」の働きが明らかにされる事によって「ポドプラニンに対する抗体医薬」を開発する事が重要だと考えられてきたが、ポドプラニンはリンパ管内皮細胞、腎や肺の上皮細胞などの正常細胞でも多く機能しているので、がん細胞をだけを狙い撃ちにできる抗体が必要だ。


(承前)抗体医薬の開発には,まず標的分子を分子生物学的に詳細に解析すること必要がある.そして内在性の糖タンパク質を精製するには,感度・特異度の高い抗体が必須である.そこでまず,ヒトポドプラニンに特異度の高いモノクローナル抗体を作製した5).その中でも,NZ-1抗体は,ウェスタンブロットやフローサイトメトリー,免疫組織染色に有用なだけでなく,免疫沈降にも感度・特異度ともに高い.質量分析計を使った詳細な糖鎖構造解析(特に O結合型糖鎖)には数十 μg の精製タンパク質が必要となるが,ヒトポドプラニンを高発現しているヒト膠芽腫細胞LN319から,NZ-1抗体のアフィニティーカラムを用いてヒトポドプラニンを大量に精製した4).

NZ-1抗体は,ポドプラニンとそのレセプターである CLEC-26)との結合を阻害し(図1),ポドプラニンによる血小板凝集も濃度依存的に阻害した5).また,NZ-1抗体をポドプラニン発現細胞と共に尾静注すると,肺転移も有意に抑制した7).すなわち,NZ-1抗体はポドプラニンの活性部位を認識し,ポドプラニンの全貌を明らかにするには好都合な抗体であった.NZ-1抗体を樹立したことにより,前述の通り,ポドプラニンの糖鎖構造の解明が急速に進んだ.

ポドプラニンの分子生物学的解析がどのように進んできたのかの説明部分。ヒトポドプラニンに特異度の高いモノクローナル抗体「NZ-1抗体」を作成できたことで研究が加速した事が語られている。


(承前)さて,いよいよ次に抗体医薬開発に進むこととなる.
まず,NZ-1抗体の親和性(affinity)を様々な手法で調べたところ,KD 値が0.1nM 以下という驚くべき高い親和性を示した12).さらに,NZ-1抗体は,種々のヒト腫瘍細胞株への内在化(internalization)の活性が高いこともわかり,特に,毒素結合型抗体の開発に適していることもわかった12,13)一方,抗体医薬の開発においては,ADCC(anti-body-dependent cellular cytotoxcity)活 性 や CDC(comple-ment-dependent cytotoxicity)活性を持つかどうかが重要なポイントとなる.

抗体医薬開発がどのように進んできたのかが解説されている。抗体医薬に開発でのポイントについての学術的な解説部分。


(承前)そこでまず,NZ-1抗体をヒトキメラ型抗体(NZ-8)に改変したところ,ポドプラニンに対する高い親和性を保持していた14).NZ-8抗体は,種々のポドプラニン発現株に対し,高い ADCC 活性や CDC 活性を示した.さらに,ポドプラニン発現株を用いたマウス移植片モデルにおいては,NZ-8抗体は高い抗腫瘍活性を示した(図3).このことから,抗ポドプラニン抗体(NZ-8)は,ポドプラニンによる血小板凝集やがん転移を抑制するだけでなく,ADCC/CDC 活性による抗腫瘍活性を持ち,抗体医薬として有望な候補であることがわかった.

「NZ-1抗体」をヒトキメラ型抗体(NZ-8)に改変した。抗ポドプラニン抗体(NZ-8)が、ポドプラニンが引き起こしている血小板凝集やがん転移を抑制するだけでなく、抗腫瘍活性を持ち、抗体医薬として有望な候補であることがわかった。

この部分に関しては、PDFに腫瘍細胞をヌードマウスの皮下に移植して、「NZ-8抗体」による抗腫瘍効果を調べた写真があります。「NZ-8抗体」が投与されたマウス群では、腫瘍がほぼ完全に消失しているのが印象的です。


5. おわりに
これまで述べてきたように,抗体医薬の開発のためには,標的分子を徹底的に理解する必要がある.本稿では,ポドプラニンを題材として取り上げたが,他の糖タンパク質や糖脂質についても同様の戦略が必要となる.一方で,ポドプラニンは正常細胞にも発現が認められるため,副作用の低減のためには,腫瘍特異的な抗体を開発する必要がある.現在我々は,戦略的に腫瘍特異的抗体を作製する技術を開発しており,ポドプラニンに対する腫瘍特異的モノクローナル抗体の臨床応用に向けて研究を遂行している.

抗体医薬の開発のためには、対象となる分子(生物学的な特徴)を徹底的に理解する必要がある。今回の標的分子はポドプラニンだが、他のタンパク質などが対象になる場合でも、同様の戦略が必要とされる。また、ポドプラニンは正常細胞にも発現が認められるため、副作用の低減のためには腫瘍特異的な抗体を開発する必要がある。


そして、この記事から一年ちょっとで「ポドプラニンのペプチドとがん細胞に特有の糖鎖の両方を認識する抗体」である「CasMab;キャスマブ」が発表された、というのが東北大、がん攻撃の新手法開発 正常細胞と区別という昨日の話です。副作用の低減という部分で、非常に望ましい抗体医薬品として登場がまたれます。身近に副作用の苦しみを見たひとりとして、実際に安全に治療が行われる事を心から待っています。


夏眠にもどります。